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井蛙内科開業医/診療録(2)

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2008年 07月 25日

終末糖化産物(AGEs)


特別企画
第33回日本脳卒中学会 ランチョンセミナー
終末糖化産物(AGEs)―糖尿病大血管症の新しい治療標的―
従来,糖尿病の血管合併症といえば細小血管症を指す場合が多かった。
しかし近年では,糖尿病患者において大血管症から死に至るケースが増加し,その抑制が糖尿病治療における究極の目標となっている。
第33回日本脳卒中学会総会ランチョンセミナーでは,糖尿病大血管症の新たな治療標的として注目される終末糖化産物(Advanced Glycation End products: AGEs)の機能的役割やその治療戦略などについて久留米大学糖尿病性血管合併症病態・治療学准教授の山岸昌一氏が講演し,インスリン分泌作用とインスリン抵抗性改善作用を併せ持つ第3世代スルホニル尿素(SU)薬グリメピリド(アマリールR)などを用いた早期からの厳格な血糖コントロールの重要性が再確認された。
座長:
埼玉医科大学神経内科 教授
棚橋 紀夫 氏 
演者:
久留米大学糖尿病性血管合併症病態・治療学講座 准教授
山岸 昌一 氏
近年,糖尿病人口は世界的に増加の一途をたどり,成人の約15%は何らかの糖代謝異常を有することが知られている。
糖尿病は,初期には激しい臨床症状を伴わないために5年,10年と放置される場合が多く,わが国においても,腎症や網膜症などの細小血管症のみならず,冠動脈疾患や脳血管障害などの大血管症を合併し,死に至るケースが増加している。
 
最近の調査によれば,糖尿病患者は日本人全体に比べ平均余命が短く,心血管系疾患が多いことが明らかにされている。
山岸氏は,「糖尿病治療の究極的目標は生命に関わる大血管症を未然に防ぐことにある」とし,糖尿病性大血管症の新たな治療標的として, AGEsとその受容体RAGEの機能的役割や治療戦略についての知見を述べた。

2型糖尿病ではHbA1c 値7%程度の早期から動脈硬化が進展
2型糖尿病患者において,大血管症の指標となる頸動脈内膜中膜複合体肥厚度(IMT)とHbA1c値との関係をみると, HbA1c値7%を超えるとIMTのオッズ比が上昇することが報告されている。
また,UKPDS35では,HbA1c値が1%低下すると,心筋梗塞14%,脳卒中12%,心不全では16%発症リスクが低下するという結果が得られている。
山岸氏は「2型糖尿病において,動脈硬化はHbA1c 7%程度の早期段階から進展すると考えられる」とし,「大血管症を未然に防ぐためには早期からの厳格な血糖管理がきわめて重要である」と語った。

過去の「高血糖の記憶」が負債となり,その後の血管合併症の進展を決定する
次に山岸氏は,糖尿病血管合併症のメカニズムを特徴的に説明するhyperglycemic memory(高血糖の記憶)と呼ばれる概念を紹介した。
「高血糖の記憶」とは,過去の高血糖レベルとその曝露期間が生体に記憶され,その後の血管合併症の進展を左右するという考え方である。
山岸氏は,ヒトの糖尿病においてもこの"高血糖の記憶"が存在していることを示すエビデンスとして,DCCTのフォローアップ試験であるEDIC-DCCTについて解説した。
 
DCCTでは,1型糖尿病患者を従来の通常療法群とより厳格に血糖管理を行う強化療法群に分け,平均6.5年間追跡した。
その結果,通常療法群に比べ強化療法群で平均HbA1c値が1.9%低下し,強化療法群で血管合併症の進展リスクが大幅に減少した。
一方,同スタディ終了後に通常療法群にも強化療法を実施し,両群をさらに平均11年間追跡したEDIC-DCCTでは,開始から3~4年で両群の平均HbA1c値がほぼ同等となったにも関わらず,両群で11年間の非致死的心筋梗塞,脳卒中,心血管死のリスクは強化療法群のほうが相変わらず低かった(相対リスク57%低下,p=0.02,log-rank test 図 1)。
終末糖化産物(AGEs)_f0174087_169219.jpg

この結果から,ヒトにおいて,一定期間血糖コントロールが不良であると,高血糖の記憶がいわば"負債"として生体内に残り,その後良好なコントロールが得られても血管合併症リスクの差は縮まらないことが示された。

組織沈着AGEsが血管を傷害し続ける
続いて山岸氏は,"高血糖の記憶"を最もよく説明するAGEs病因仮説について語った。
 
AGEsとは,糖と蛋白が酵素を介さない糖化反応を起こした結果生じる生成物である。
この非酵素的糖化反応はつい最近まで主に食品化学の領域で研究されてきたが,1980年代に入ると,同様の反応がヒトの体内にも存在することが明らかになった。
ヒトの体内には様々な構成蛋白が存在するが,それらがブドウ糖などの還元糖と共に存在することで非酵素的に糖化され,AGEsとなって生体内に残る。
糖尿病の血糖管理指標であるHbA1cはAGEsの前駆物質の1つであるが,このAGEsでは,蛋白が変性され本来の機能が変化(劣化)している。
AGEsは血糖コントロールのレベルとその持続時間により不可逆的に形成,蓄積され,生体内から容易に排出されず,組織に沈着した状態で血管合併症を引き起こし続けると考えられる。

AGEsは血栓形成や石灰化により血管障害を進展させる
一方,動脈硬化巣のプラーク(粥腫)には多様な構成蛋白が存在する。
糖尿病では慢性的な高血糖状態にあるため様々な蛋白がAGE化されており,これらのAGEsは粥腫の拡大や不安定化のみならず,プラーク自体の血栓傾向や糖尿病患者によく見られる石灰化を伴った動脈硬化巣(complicated atherosclerosis)の形成にも関わっているという。
 
in vitroにおいても,AGEsにはPGI2の産生を低下させ血栓傾向を惹起したり,線溶阻害活性を高めることが報告されている。

心血管系疾患発症に関わるAGEs-RAGE系は新しい治療標的
山岸氏らの最近の研究により, AGEsが血栓傾向や石灰化を惹起するメカニズムにおいて情報伝達を担っているのは,血管構成細胞に発現しているAGE受容体(RAGE)であることが明らかとなった。
細胞表面のRAGEにAGEsが結合すると,細胞内のNADPHオキシダーゼを介して酸化ストレスが誘導され,最終的には血栓,炎症,動脈硬化などに関連する血管内皮増殖因子(VEGF),PAI-1,細胞接着因子のICAM-1,単球走化活性因子のMCP-1などのレベルが上昇して血管障害が引き起こされると考えられる。
一方,AGEsの脳血管障害への関与については,正常マウスに糖尿病時の血中AGEsレベルに達するまでAGEsを投与し,中大脳動脈閉塞により脳梗塞を作成すると,AGEs非投与マウスに比べ梗塞領域が有意に増大するという報告もある。
したがって,AGEsは前述の血管障害経路を介し,あるいは直截的に酸化ストレスなどを介して,動脈硬化性疾患の進展あるいは増悪に関わっていると考えられる。
 
さらに最近では,血中AGEs値が主要血管系疾患の重症度や予後を予測する指標となる可能性も示唆されている。
これまで,血中AGEs値は2型糖尿病において冠動脈疾患重症度,内皮機能障害,高感度CRP値と相関する一方,1型糖尿病では左室拡張能障害や脈拍の増大と相関し,さらに非糖尿病患者ではPAI-1や冠動脈疾患の存在と相関することが示されている。
一般住民を対象に行った観察研究では,血中AGEs値がPAI-1やフィブリノゲンと相関を示し,女性では将来の冠動脈疾患発症率との相関が報告されている。
 
以上から,山岸氏は「AGEsは心血管系イベント発症に深く関わっており,AGEs-RAGE系は糖尿病大血管症の新たな治療戦略のターゲットになりうる」と述べた。

良好な血糖コントロールの維持にはグリメピリドなど第3世代SU薬を早期から基礎薬に
AGEsの特異的阻害剤となるRAGEアンタゴニストはまだ開発途上にある。
現在,入手可能なAGEs-RAGE系阻害薬の候補として山岸氏は
(1)AGEs形成阻害(厳格な血糖管理:SU薬),
(2)AGEs情報伝達阻害(スタチン,ARB),
(3)食品由来AGEs吸収阻害の3つを挙げている()。
終末糖化産物(AGEs)_f0174087_16101199.jpg

 
AGEsはいわば"高血糖の記憶"を担う物質であり,2型糖尿病患者においてAGEsの形成を阻害するためには,早期から厳格な血糖管理を行うことが必須である。
血糖コントロールが不良であれば,AGEsは"返す術のない借金"として体内に溜まる一方であり,いったん上昇した大血管症のリスクは将来にわたって影響する。
ところが,小林らの治療実態調査が示しているように,現実の臨床では,良好な血糖コントロールが得られていない患者は全体の70%にも及ぶという。
こうした状況を踏まえ,山岸氏は「(1)に挙げた通り,2型糖尿病治療において良好な血糖コントロールを維持していくためには,強力な血糖降下作用を有するSU薬を早期から基礎薬として使用することが望ましい」と強調した。
 
従来,SU薬には肥満を促進したり,また肥満症例に対して薬効が得られにくいなどの懸念があったが,グリメピリドは, 0.5mg/日からの少量の投与でもBMIにかかわらず良好な血糖コントロールが得られることが報告されている(図 2)。
終末糖化産物(AGEs)_f0174087_1611561.jpg


AGEsを標的とした2型糖尿病治療戦略の基本はSU薬による厳格な血糖コントロール
一方,AGEs-RAGE情報伝達系のブロックという観点からは,(2)のARBやスタチンなどが有用と考えられる。
さらに(3)食品由来AGEs吸収阻害薬(炭素剤)を活用し食事由来のAGEsを減らすことも将来の血管合併症進展抑制につながるという。
 
さらに最近の動物実験や臨床研究の結果から,AGEs-RAGE系は糖尿病以外にもある種のがんやアルツハイマー病などの神経変性疾患,糖尿病患者の約半数に発症する難治性疾患として知られる後縦靱帯骨化症(OPLL),さらにはメタボリックシンドロームや糖尿病に高頻度に合併する非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)などの様々な病態と深く関わっていることが明らかにされている(図 3)。
終末糖化産物(AGEs)_f0174087_16115159.jpg

 
以上から,山岸氏はAGEs-RAGE系が今後糖尿病のみならず多様な疾患の治療標的となる可能性を示唆するとともに,「2型糖尿病の治療にあたっては,大血管症の抑制を念頭に,早期から良好な血糖コントロールを行うことが戦略の基本であり,そのためにはグリメピリドなどのSU薬は必要な一手段である」と結んだ。

出典 Medical Tribune 2008.6.5
版権 メディカル・トリビューン社


by wellfrog2 | 2008-07-25 00:08 | 糖尿病


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