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井蛙内科開業医/診療録(2)

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2008年 09月 11日

特定健診における抗加齢医療の役割

東京都で開かれた第8回日本抗加齢医学会(会頭=順天堂大学大学院加齢制御医学講座・白澤卓二教授)の特別シンポジウム「特定検診の行方『抗加齢医学の役割』」(座長=評論家・ジャーナリスト・立花隆氏,白澤教授)では,今年4月にスタートした特定健康診査と特定保健指導の実践から,予防医学のなかでの抗加齢医療の役割についての発言,討論が行われた。

「メタボ型糖尿病」と「肥満+高血圧」に注意
慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科の伊藤裕教授は「既に糖尿病や高血圧がある場合は,それだけで心血管イベントのリスクが存在するわけであり,メタボリックシンドロームという診断からは除外してよいとも考えられる。
また,日本人の場合,高血圧が他の2項目の危険因子より早期に発現する。肥満ぎみで血圧が高い人は,いわばプレ・メタボリックシンドロームの状態であり,これを見逃してはならない」と強調した。

より早期からの介入を
伊藤教授は,老化のプロセスのなかで生活習慣病の全体像を捉える概念として,「メタボリックドミノ」を提唱してきた。
特定健診は,このドミノ倒しの下流で起こる心血管合併症の早期予防を目指して実施されており,ドミノの概念とも合致する。
 
わが国では欧米とは異なり,インスリン抵抗性よりも内臓脂肪蓄積が上流に存在し,重要と考えられる。欧米では,糖尿病患者の90%がメタボリックシンドロームであるのに対し,日本では糖尿病患者の約半数はやせている。
したがって,特定健診のなかで,心血管イベントのリスクの高いメタボ型の糖尿病とそうでない糖尿病を,正確に区別する必要がある。
 
メタボリックドミノは,動脈硬化と糖尿病の両方の予備軍になっており,さらにその上流に肥満がある。
メタボリックシンドロームの意味するところは,「肥満をベースにした生活習慣病の重積」である。
軽症の危険因子が重積している病態を見つけるためには早期介入が必要でり,既に糖尿病や軽症以上の高血圧がある人は,大きな心血管イベントのリスクを有することから,特定健診においても今さらメタボリックシンドロームとして扱う必要はないとも考えられる。
 
また,日本人の場合は図のようにドミノの上流で肥満と血圧上昇が起きているケースが多く,この「プレ・メタボリックシンドローム」の段階こそ見逃してはならない。
ドミノのパイが倒れないよう,確実に血圧をコントロールするには,3~4剤の降圧薬が必要となるが,それにより確実に血圧を下げることは,医療経済的にも有益と考えられる。
同教授は「メタボリックシンドロームに関しては,遠くのことを近くに見るような視点を持って,より早期からの介入を考えていくべき」と結んだ。

高齢者には介護予防のための健診を
東京都老人総合研究所の新開省二研究部長は,地域住民を対象とした長期縦断研究の結果を提示し,「疫学的見地からの調査では,高齢者は肥満よりもやせ,過栄養よりも低栄養のほうが早死のリスクとなる。
健康余命とは,余命に占める自立して生活できる期間。
その延伸のためには,肥満を問題とする現行の特定健診を現在の高齢者に強力に導入する意義は少ない。
むしろ下限値を設定して,介護予防に対する支援を行うほうが妥当」と指摘した。

高齢者では肥満よりもやせが問題
中年期の健康づくりの目標は,生活習慣病をはじめとした致死的な疾病を予防し,早死を回避することだが,高齢期では疾病や加齢に伴う心身機能の低下を予防し,生活機能を維持すること,すなわち健康余命の延伸が目的となる。
新開研究部長らは,この健康余命を規定する要因を,疫学調査により検討してきた。
 
同研究所では「中年からの老化予防総合的長期追跡研究(TMIG-LISA)」を行い,医学的な検査数値だけでなく心理的,体力的,社会的な変数も重視し,過去の健康情報にさかのぼって長寿につながる要因とリスクを探っている。
小金井市と秋田県の65歳以上の高齢者約1,100人の調査から,栄養学的には血清アルブミンや総コレステロールが高値傾向であること,体力的には筋力や歩行能力が保持されていること,社会的には仕事や社会活動を高齢期にも継続していることなどが健康長寿の要因とわかった。
 
高齢者には,アクティブ・エイジングを目指して,生活機能低下のリスクを早期に発見し,介護予防に結び付ける健診が必要である。
介護保険制度による地域支援事業として,認知機能や口腔機能,体力,心理的な健康度,栄養チェックなどを含む「生活機能評価健診」が導入されたが,さらに今年から,65~74歳にも特定健診が適用されるようになった。
しかし,高齢者にも肥満や過栄養が問題になるかは疑問である。
 
先のTMIG-LISAで日常生活動作(ADL)障害なしと判定された1,046人の男女高齢者について,BMIで4群に分けて肥満度別の死亡率を検討した結果,BMIで男性24,女性25以上の群では,総死亡率は高くならず,むしろBMI 20以下で総死亡率が高かった。
さらに栄養の指標として血清アルブミン,ヘモグロビンまたは総コレステロールで分けたデータでも,それぞれ低値の群で予後が悪く,最も高値の群で生存率が高かった。
また,BMIと医療費・介護費の関係を調べたデータでも,BMIが高いほど毎月の医療費や介護費が少なかった。
 
今回の調査により,現在の高齢者では肥満や過栄養は特に問題ではなく,むしろやせのほうが早死のリスクとなることが明らかになった。
同研究部長は「健康余命延伸のためには,65歳以上の高齢者に現行の特定健診と保健指導を適用することは無意味であり,むしろ生活機能の低下を招く可能性があるため,再考が必要」と結んだ。

医療保険者とかかりつけ医に期待
4月に始まった特定健診は,受診対象者5,600万人,医療費2兆円の削減を見込んだ予防主体の壮大なモデル事業である。
日本医師会の内田健夫常任理事は,特定健診とこれに伴う特定保健指導について現状での課題を提示し,「成功の可否は,医療保険者による保健事業の取り組み強化と,初回受診時におけるかかりつけ医のかかわり方にかかっている。
今後集積される膨大なデータの活用の仕方も課題だ」と強調した。

医療連携体制の構築が急務
今回実施された多くの制度改正の背景には,超高齢化・少子化社会の到来,医療機能の分化と医療費の適正化による医療費の削減と財源の確保などがある。
これらを踏まえ,内田常任理事は特定健診と特定保健指導の取り組みや,現状での課題について述べた。
 
特定健診は,「健康日本21」などの健康増進計画の見直しと高齢化による疾病構造の変化,治療主体の医療から予防主体の医療への転換などの観点から,生活習慣病を早期に見つけて指導する目的で始まった。
この制度改革により,「中央から地方へ」,「官(厚生労働省)から民(医療保険者)主導へ」の言葉通り,医療保険者による保健事業への取り組み強化が急がれている。
 
そして,かかりつけ医には受診者にしっかりかかわることが必要となり,日常生活に密着した食事や運動の指導を行うことが求められる。
同時に,がん検診などの受診勧奨や,560万人と推定される要医療者への介入も期待される。
 
しかし,同常任理事によると,特定健診にはいまだ多くの課題が残る。
(1)まず,集合契約であり,代行機関に依頼しても関係者が多く,地域によるばらつきもあって条件が整理されていない
(2)実施体制についても50%→70%と受診者増を目標としているが,その受け皿も検討しなければならない
(3)データ処理などの電子化,がん検診など他の検診との調整,またメタボリックシンドローム以外の疾病の検診や,75歳以上の高齢者や40歳以下の健診についても検討する必要がある
(4)国民への周知不足も否めない。
 
一方で,健診後の特定保健指導に関しても,やはり人材の確保や実施場所,データの電子化などの基盤整備が遅れており,課題は多い。
 
同常任理事は「医師会としては,まず全対象者の半数を占める国民健康保険被保険者への対応を進めたい。
医療連携体制を構築し,今後集積されることになる膨大な医療データを,国民のためにどのように活用するかも検討すべきである」と結んだ。

出典 Medical Tribune 2008.9.4
版権 メディカル・トリビューン社

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by wellfrog2 | 2008-09-11 00:08 | メタボリックシンドローム


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