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井蛙内科開業医/診療録(2)

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2008年 10月 16日

UKPDS終了後10年間のフォローアップ

血糖コントロールの心血管イベント抑制効果の証明;UKPDS終了後10年間のフォローアップ

長年のテーマ;血糖コントロールによる心血管イベントの抑制
1998年英国での新規2型糖尿病診断患者を対象にしたUnited Kingdom Prospective Diabetes Study (UKPDS)の厳格血糖コントロールに関する報告がなされた(インスリンやSU薬による厳格コントロール;Lancet 1998; 352: 837-853,メトホルミンによる厳格コントロール;Lancet 1998; 352: 854-865)。前者の報告では,厳格血糖コントロール群(平均HbA1C 7.0%)では標準血糖コントロール(平均HbA1C 7.9%)に比較して,細小血管障害を有意に抑制できることが証明されたものの,統計学的に有意な心筋梗塞抑制効果を示すことができなかった(相対リスク減少16%,P=0.052)。
 
このため,さらに厳格な血糖コントロールにより心血管イベントの抑制効果を示せるのではないかとの仮説のもと,ACCORD試験やADVANCE試験が実施され,結局その効果を示せなかった。
 
この数か月,厳格な血糖コントロールは心血管イベントを減少させないどころか死亡率を上げるのではないか などというACCORD試験に対する誤った(と思われる)解釈に振り回された先生方もおられるのではなかろうか。
 
さて,そんな先生方に朗報である。
厳格血糖コントロールがやはり心血管イベントを減少させることを示すUKPDSのフォローアップ報告がN Engl J Med 電子版に掲載されたのである。

“legacy effect”を示す 1型糖尿病患者を対象にした厳格血糖コントロールの意義を証明したDCCT (N Engl J Med 1993; 329: 977-986)では,試験終了後に血糖コントロールの差異がほとんど消失していたにもかかわらず,フォローアップ期間に大血管障害抑制効果がよりはっきりと証明できるようになった(N Engl J Med 2005; 353: 2643-2653)。
これをUKPDSの研究者はlegacy effectと呼んでいる(われわれはメタボリックメモリーと呼ぶことが多い)。
本報告では,2型糖尿病患者を対象としたUKPDSでもlegacy effectが存在するかどうかを確認するために10年間のフォローアップを行った。
このフォローアップ期間には,血糖コントロール目標や使用薬剤は主治医と患者の判断に委ねられており,食事療法が原則であったかつての標準群でも自由にインスリン,SU薬,メトホルミンの使用が可能であった。

その結果,インスリンやSU薬による厳格群でもメトホルミンによる厳格群でもUKPDSの終了後1年でHbA1Cにおける標準群との差異は消失していた。
インスリンやSU薬といった使用薬剤の比率はUKPDSの終了後5年目までに標準群と同等になっていた。
フォローアップ期間中の体重は厳格群でも標準群でも大きな変化を示さず,脂質や血圧についても厳格群と標準群とで差異はなかった。
 
このように血圧・代謝マーカーといった大血管障害の危険因子についてはフォローアップ期間では両群に差異はほとんどなかったのであるが,イベント発生率については両群で差異が生じた。インスリンやSU薬による厳格群では,標準群に比較して
(1)すべての糖尿病関連イベント(1000人・年当たり48.1 vs. 52.2,P=0.04),
(2)糖尿病関連死(14.5 vs. 17.0,P=0.01),
(3)全死亡(26.8 vs. 30.3,P=0.007),
(4)心筋梗塞(16.8 vs. 19.6,P=0.01),(5)細小血管障害(11.0 vs. 14.2,P=0.001)—で有意な抑制効果を示した。
 
メトホルミンによる厳格群では,標準群に比較して,
(1)すべての糖尿病関連イベント(1000人・年当たり45.7 vs. 53.9,P=0.01),
(2)糖尿病関連死(14.0 vs. 18.7,P=0.01),
(3)全死亡(25.9 vs. 33.1,P=0.002),
(4)心筋梗塞(14.8 vs. 21.1,P=0.005)—で有意な抑制効果を示した。
 
メトホルミンによる厳格群で標準群より
(5)細小血管障害の抑制効果を示せていないのは,著者らが言うように症例数が少ないためかもしれないが,フォローアップ期間中のHbA1Cが有意ではないものの,メトホルミンによる厳格群のほうが標準群よりも高値になっているためかもしれない。
なお,脳卒中と閉塞性動脈硬化症についてはいずれの治療法による厳格群でも標準群との差異を証明できなかった。

解説;長年のテーマに結着
UKPDSにおける心筋梗塞に対する厳格血糖コントロールの意義はP値が0.052ときわめて微妙な数値であったため,有意であると言う人も,有意でないと言う人もあった。
ACCORD試験で死亡率が上昇していたのは(例えば,HbA1Cが正常に近くても血糖変動は低血糖と高血糖の乱高下で正常からかけ離れていたなど)なんらかの理由があったからにせよ,ADVANCE試験でも大血管障害イベントに対する抑制効果を示せなかっただけに,今年になってからは「大血管障害には血糖コントロールは無力である」といった見方が浸透しつつあった。

しかし,やはり血糖コントロールは心筋梗塞予防にも意義があったのである。
それもその意義は,1977〜91年に患者を登録し97年に終了したUKPDSの試験期間中では証明できず,その後の10年間のフォローアップ期間に初めて顕在化したのである。
ACCORD試験やADVANCE試験のような5年未満の研究ではその意義の証明が困難であったことは想像に難くない。
あるいは両試験のように高リスク糖尿病患者への血糖コントロールはもはや遅きに失しているのかもしれない。
 
その意味で,われわれは,新規の糖尿病患者にこそ十分な教育と十分な血糖コントロールを施すべきであり,そのことが将来の合併症予防に大きな意義を持つことがはっきりとわかったと言える。糖尿病初診医の臨床的力量がますます問われることになりそうである。
 
なお,脳卒中の予防効果については,標準群でも発症率が低く(1000人・年当たり6.8〜6.9),脳卒中の発症率が高い日本人での血糖コントロールの意義はJ-DOIT3の結果を待たねばなるまい。
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/doctoreye/dr080908.html
出典 MT pro 2008.9.30
版権 メディカル・トリビューン社


by wellfrog2 | 2008-10-16 00:08 | 糖尿病


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